日本経済の疑問(1):労働分配率
1990年代以降、日本経済は、大きな構造変化を遂げた。
特に、経済の成長は、高度成長期から安定成長期に移行した。
景気拡大期における実質経済成長率の平均値も、高度経済期においては、10%を超えていたが、近年の景気拡大は、2-3%程度の成長でしかない。
従来の日本型ガバナンスのシステム(企業システム、金融システム、雇用システム)は、高度成長を前提としたシステムであった。つまり、富が拡大することによる恩恵によって、日本型ガバナンスシステムは持続することができたのである。しかし、経済が安定成長となり、富が拡大することによる恩恵の配分が小さくなると、従来型のシステムを持続させることが難しくなった。現在の日本経済、日本社会には、安定成長を前提とした新たな日本型ガバナンスシステムを見出すことが求められているのである。
本稿では、このような問題を考えるにあたり、とりわけ、1990年代以降の日本経済について、データに基づいて観察することによって、1990年代以降の日本経済の特性を見出し、今後の新たな日本型ガバナンスシステムを考える材料を提供したいと考えている。
まず、現在の格差議論でも登場する「労働分配率」の問題について、考えてみよう。労働分配率とは、国民所得における雇用者報酬が占める割合を示したものである。企業で考えれば、企業の所得(付加価値)の中で、どれだけ人件費が占めているか、ということを考えている、ということである。
図1.労働分配率の推移
図1では、1980年代以降の労働分配率の推移が示されている。この推移を見てみると、おおむね、景気縮小期(不況)のときは、労働分配率が上がり、景気拡大期(好況)のときには、労働分配率が下がるという傾向があることがわかる。
簡単に考えると、雇用者報酬(人件費)が一定だとすれば、不況の時は、国民所得(付加価値)が減るので、そのウェートは大きくなり、好況の時は、国民所得(付加価値)が増えるので、そのウェートは小さくなる。この傾向を、一部を除き、日本の労働分配率の推移も辿っている。
しかし、図2で国民所得の推移を見てみると、1990年代以降、ほぼ横ばいの状態である。仮に、不況に対応して、企業が人件費を削減するなどのリストラを行えば、労働分配率も横ばいになる。しかし、1990年代以降、2001年度まで、労働分配率が上がり続けるのである。
これが、今回の「日本経済の疑問」である。
図3.雇用者報酬の推移
この答えは、簡単である。図3で見るように、雇用者報酬が、1990年度以降も1997年度まで増加し続けている。つまり、企業は、不況期にあっても人件費を増加させるか、もしくは、少なくとも維持してきたのであった。
このため、本来であれば、労働分配率が減少するであろう景気拡大期の1994年‐1996年頃の労働分配率が増加してしまったのであった。そして、1997年以降には、再び、景気の縮小が訪れた。このとき、初めて、雇用者報酬を引き下げたのであるが、国民所得も減少しているので、結果として、労働分配率が増加してしまうという結果となる。
つまり、1990年代、企業は、人件費に関する削減を積極的に行わず、従業員の雇用を維持し、守ってきた姿が、労働分配率の推移からわかるのである。これは、後に、企業にとって、大きな負担となったとも考えられる。
日本経済で、本格的に、労働分配率が引きさがり始めたのは、2003年以降である。これは、現在の景気拡大が始まった時期と一致する。しかし、国民所得の推移を見てもわかるとおり、これまでのような大型の景気拡大ではないので、分母が大きくなったための労働分配率の低下という特性とは言えない。それよりも、雇用者報酬が大きく増加していない、ということの方が理由としては説明がしやすいだろう。これは、労働市場の流動性が高まったことなどが指摘できる。この点を読み解くひとつのポイントは、非正規雇用の拡大にあろう。(この問題は、別の機会で考えることにする。)。
今後、労働分配率は、どうなるのか。それは、安定成長を前提に考えれば、分母が大きくなるということは、あまり考えられないので、雇用者報酬がどのように変化するのか、ということに注目すれば、答えが見つかるだろう。企業が、再び、正規雇用を増加させれば、労働分配率が、再び、増加するであろう。しかし、企業が人件費を削減することを続けるとすれば、労働分配率は、ますます低下する。
昨年の就職市場から、新卒の求人が増加している。この点を考えれば、労働分配率が若干増加する可能性もある。その一方で、日本の労働分配率は、国際的に見れば、まだ過少とは言えない。そのため、構造調整が必要であるとするならば、労働分配率が低下することも考えられる。
重要なことは、労働分配率の増減に一喜一憂することなく、企業が適切な雇用政策を実施しているかどうかをウォッチすることであろう。
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